ブルースの歴史 その(1)

商売としてのブルースは、初めは黒人が集まる酒場で、黒人ブルースマンがギターを弾いたり、マウスハープ(ハーモニカのこと、今の日本のハーモニカとは違って、吸ったり、吹いたりするとコードがそのまま出るような小さめのハーモニカが使われる。単にハープと呼ばれることもある)を吹いたりしながら歌っていたのです。

白人のブルースの場合はボーカルと演奏者が別の場合もあるが、黒人の場合は楽器を持ちながら歌を歌うというパターンが多かったのです。

ギターと言っても初期の頃は電気もまだ十分普及してない時代だったので、アコースティック・ギターを弾いていたのです。

素朴なブルースは南部の三角州で発祥したので、デルタ・ブルースとかカントリー・ブルースと呼ばれていました。

そして、発祥当時はまだレコーディング技術もなかったことから、ブルースといえば、生の弾き語りが当たり前だったのです。

ジューク・ジョイントという安い酒場でブルースマンが歌い、それに合わせて客の黒人たちが一緒に歌ったり、踊ったりしていたのです。

1920年になって、初めてブルースがレコーディングされるようになりました。しかし、当初は蓄音機が非常に高価だったので、購入できるのは白人がメインだったのです。

こうしてブルースもレコードを通して次第に白人のものにもなって行った訳です。

このようにブルースがだんだん黒人のものだけでなく、白人が集まる酒場で歌うようになったブルースマンが少しずつ出て来ます。

たとえば、ロバート・ジョンソンという人はその後、ローリング・ストーンズやクリーム(エリック・クラプトン)、レッド・ツェッペリン、ボブ・ディランなどの偉大なアーティストに影響を与えたブルースマンでした。

彼は白人が客の酒場で毎夜・毎夜歌ってかなりのカネを稼いでいたと言われています。彼は女好きで有名で、弱冠27歳で死亡していますが、その死因に関しては「ダンスパーティーで知り合った人妻と不倫をしたため、その夫により飲み物にス毒物を盛られて毒殺された」、「人妻との情事を酒場のオーナーの夫に目撃され、その場で刺殺された」、などいろんな伝説が語られている、ブルースマンです。

ロバート・ジョンソンは「クロスロード・ブルース」という歌を歌っており、この曲は後に多くのロッカーにもカバーされています。

クロスロードとは十字路のこと。この十字路はかつては特別の力が潜むパワースポットと考えて, 多くの民族はそこに守護神を祭ったり儀式を行ったりしていたのです。 特にアフリカから奴隷として渡って来た者が多いアメリカでは,アフリカがルーツの宗教的儀式が生活の中に多く取り入られ,十字路に関する神聖な・あるいは逆に悪魔に関する伝説もいろいろと伝えられていました。

そしていつの間にか「ロバート・ジョンソンが, 半年足らずでギターテクニックを見違えるほど上達したのは, 彼がクラークスデイルを走る国道49号と61号が交わる十字路で悪魔に魂を売ったからだ」というようなまことしやかな噂も出回っていたのです。それは彼のギターの腕が卓越していたことの証しでもありました(もっとも、実際にこのような儀式を行ったのはジョンソンはジョンソンでもトミー・ジョンソンという別の黒人だったといくことがのちに明らかになっています)。

(以下、つづく)

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