歌は世につれ
前回、大ヒットには歌詞はあまり問題ないのではないか、というようなことを書きましたが、印象に残る曲、心にしみる曲というものは、やはり歌詞の内容がいいものが多いように思います。
日本では1970年代までは詩が先に書かれて、作曲家がそれに曲をつけるという形が主流だっだようですが、1980年代からは曲が先に出来てそれに詩をつけることが主流になって来たようです。
この詩があとになってから、詩の重要度が下がって来たということでしょう。
ちょうど1980年頃のオフコースのメロディへの詩をつけるシーンをNHKのテレビ・ドキュメントで見たのですが、言葉がメロディにうまく乗るかどうかを気にして、うまく乗らなければ歌詞を変える・・・そんな作業を繰り返していました。
それを見ている私は複雑な気持ちで、メロディに合うように言葉は変えられて行くんだなー・・・表現は違っても別の意味にならないようになればいいのにな~と思いました。
そう言えば槇原敬之さんの歌にもう「恋なんてしない」という曲がありますね。この歌はタイトルとは違い、“もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対”という歌詞になっています。
しかし、この歌はもともとは本当に「恋なんてしない」というストレートな歌詞だったようですが、当時のプロデューサーに聴かせたら「う~ん、なんかさ、救いがなさすぎるんだよね。これだと聞いている人が悲しすぎるじゃん」と言われたので、ひとひねりして、現在のような歌詞になったとご本人が語っておられたのをテレビで拝見したことがあります。
これは極端な例でしょうが、歌ってやはり歌詞の内容で、聴く人を泣かせたり、笑わせたり、勇気づけたり、元気を与えてくれたりといろんな気持ちを抱かせてくれるんだなーと改めて思います。
詩の内容もフィクションのものもあれば、書くご本人が実際に体験されたものもあり、またさだまさしさんの歌のように他のかたの体験を聴いて詩にしたようなものもあります。
昔、歌番組の司会をなさっていた玉置宏さんがよく歌番組の中で「歌は世につれ、世は歌につれ」というフレーズをおしゃっていましたが、メロディ重視、メロディが先という歌の作り方も今風ってことなのでしょうかね。

