マンマミーア 2 マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴーを見て思ったこと
先日、レンタルで「マンマミーア 2 マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー」を見ました。1のほうは映画館に行ってみたのですが、2のほうな見逃していたので。
前作同様、ABBAの耳慣れた曲が沢山使われて心地いいのですが、当然ながら、この映画のために作れてた歌ではないので、歌詞はストーリーとは関係ないものも多かったです。
ドラマの設定と関係のない歌を使うこと自体無理があるのですが、ABBAの歌が好きな人にとっては、いい映画だと思いました。
第一話のほうはメリル・ストリープが主演で、いきなりシングルマザーの主人公が小島のホテルに娘の父親かも知れない3人の男が訪れて、だったーすったー騒ぐ物語で、大雑把に言えばどうでもいいお話ながら、何が言いたいか「ワケ若乃花」なしっちゃかめっちゃかなストーリーでした。
今回のパート2はそのメリル・ストリープはすでに死んでしまっていて、娘が母のあとを引き継いで寂れたホテルを建て直そうと、再建パーティを企て、そこに父親かも知れない男3人がやって来ようとするのだけど、嵐がやって来て、無事に島まで来れるんだろうか・・・そう思っていたら、いきなり時代が遡って、母親が若い頃、始めて島訪れて、若き日の父親候補の3人の男とロマンティックな時間を過ごして、シングル・マザーの原因を作ってしまう、話は現在と過去を行ったり来たり、シンクロしたまま進行し、最後は娘が妊娠していることになり、お腹の父親と結婚式を挙げることになり、その式には亡くなった母親(メリル・ストリープ)が現れ祝福する(見えているのは娘だけ)という、今回も茶番劇っぽけど、前作よりはわかり易いお話・・・。
おかしなストーリーですが、考えてみるとミュージカルなんて、いきなり登場人物が歌を歌い出して、それに釣られて他の脇役だけでなく通行人までコーラスに加わって、歌えや踊れやランラララン♪・・・見ている観客はミュージカルだと分かって見ているワケだから、その現実ではあり得ないドラマを当たり前のように(違和感も感じず)見ている・・・つまりはフィクションなワケです。
欧米の人々はいわゆるパリピな人が多く、楽しければ嘘でもいいじゃん、どうせ芸術は虚構の世界なんだから、現実とは違って当たり前ーそう考えれば、現代美術も現代音楽も理解できますね(それをいいと評価するかは別次元の問題ですが)。
