ブルースの歴史(2)

1920年代から、凄腕デルタ・ブルースマンは沢山登場しましたが、戦後ぱたりと止まります。

大規模農場は次第に機械化し、黒人労働力が必要でなくなり、過去のコミニティも次第に崩壊していくのです。

黒人たちは働ける場所を求めて次第に南部から北部へと移動を始めるのです。
メンフィス、シカゴへと北上し、トラックの運転手や自動車工場などで働くことにななります。中でもシカゴでのブルースマンの活躍はめざましいものとなります。

ここではデルタ・ブルースと異なり楽器は次第にエレクトリックになって行きます。

エレキ・ギターの大きな音量、マウス・ハープもマイクで拾い、ボーカルもアンプで拡声、それにドラムとベースという編成になって行きます。

主なブルースマンを紹介すると、

◆エルモア・ジェイムス

彼は(1)で紹介したロバート・ジョンソンの弟子的な存在。“Dust My Broom”が有名。

マディー・ウォーターズ

「シカゴ・ブルースの父」とも呼ばれる代表的なブルースマン。”(I’m Your) Hoochie Coochie Man”、”I Just Want To Make Love To You”、”Mannish Boy”などヒット曲も多い。 ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ロリー・ギャラガー、ポール・ロジャース、 ザ・バンドなど、彼から影響を受けたミュージシャンは多い。

ハウリン・ウルフ

マディーと同じくシカゴ・ブルースの巨匠。その名のとおりの毒のあるダミ声はチャーリー・パットンの影響を強く感じさせる。

ローリング・ストーンズの“Little Red Rooster”、クリームの“Spoonful”、ドアーズの“Backdoor Man”、ジェフ・ベック・グループの“I Ain’t Superstitious”などはすべて彼が元歌。

ライトニン・ホプキンス

ケンカが原因で、刑務所送りになったという辛い過去があるので、不良オヤジ的な存在。“Mojo Hand”はあまりにも有名。

ジョンリー・フッカー

「キング・オブ・ブギー」と呼ばれた人。”Boom Boom”、”Boogie Chillen”などが有名。

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